敗戦国の一女性が米兵たちに囲まれて
昭和20年の10月頃、日本が戦争に敗れて、
この先、日本人はどうなるのだろうと、
多くの人が不安に覆われている頃でした。
田舎では、まだ村の自警団が回ってきて、
アメリカ人が上陸して来るから、女は男装して男の暴力と闘うのだ、
とふれまわる、そんな時勢でした。
当時30代の主婦Aさんが、
疎開地の田舎から東京へ引き揚げようとする時のお話しです。
東京行きの汽車に乗るべく、Aさんは駅に来ました。
その日の列車は超満員で、どの乗車口も、窓も、人と荷物の鈴なりになっていました。
しかし、何とか乗れないものかと、Aさんは線路付近をウロウロと走り回りました。
と、その時、Aさんの体は、急にサッと見知らぬ人に抱き上げられて、
汽車に乗せられたのです。
Aさんは「ああ、助かった」と思いました。
ところが、そう思う間もなく、その車両が貨車であることに気づきました。
窓ひとつない薄暗い貨車の中で、Aさんはジッと目を凝らして中を見回しました。
驚いたことに、そこには先客が七、八人いたのです。
しかも、その先客は、アメリカ兵でした。
だだっ広い貨車の板戸を背に、青い目がAさんに集中しました>>>
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まだ若い兵隊たち、いわゆるGIです。
「ああ、何ということか。何事もなく、主人の許に帰れるように。
神様、お助けください」
Aさんは、目を閉じて、心の中で祈る思いでした。
紺がすりのモンペ姿に白いズック靴。麻のリュックサック。ひっつめの髪の三十女。
戦時中の典型的な女性のスタイルでした。
しかし、若いアメリカ兵達の中に、ただ一人の敗戦国の女。
それは、狼の群れに迷い込んだ一匹の子羊の風情でした。
Aさんは、体の血が引き、頭の中も真っ白になっていました。
じっと目を閉じて、深く深く深呼吸をしました。
そうしているうちに、なぜかAさんから、自然に口をついて出たのが、
ため息と同時に、歌声だったのです。
それは子供の頃、幼稚園で習ったただ一つの英語の歌でした。
それまで、思い出したこともない、この歌が自然に口から流れ出たのです。
London bridge is falling down, falling down, falling down
London bridge is falling down My fair Ladys.
ロンドン橋の歌でした。
すると期せずして、アメリカ兵も続けて歌い出したのです。
彼らも楽しげに笑い合いながら、繰り返し歌いました。
しばらくすると、一人がたどたどしい日本語で、
「日本の唄を歌ってください」と言いました。
Aさんは、『赤とんぼ』『雨降りお月さま』『荒城の月』など、
思いつくまま、色々の唄を歌い、皆も静かに聞いてくれました。
なごやかで平和な空気を乗せて、貨車は上野に着きました。
Aさんにとって、とても長いような短いような不思議な旅だったと言います。
貨車から降りたら、どっと押し寄せる人の波にもまれながら、
Aさんは一人で線路を歩いていました。
さきほどのアメリカ兵達に、ひと言でもお礼を言いたいと
彼らの姿を探しましたが、見つかりません。
すると、後ろの方から、
「Don’t catch cold」
と、思わぬ方向から、はっきり英語で聞こえてきたのです。
Aさんは急いで振り返りましたが、アメリカ兵の姿はどこにも見当たりませんでした。
自宅にやっと辿り着き、Aさんはご主人とも再会することができました。
ご主人から教えてもらい、
最後の言葉が「風邪をひくなよ」という意味だと分かりました。
あらためて、Aさんはアメリカの若者達の優しさを感じ取ったそうです。
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誰が何と言おうと、 時代が良かろうと悪かろうと、 しょせん、やる奴はやるし、やらない奴はやらない。