*

戦時中、”よろず”医院だった祖母の泣き笑い

c139
の祖母は、昭和20年3月まで、
大阪で内科・小児科・産婦人科の医院を開業していました。

当時は健康保険もありましたが、
今のような3分診察ではなく、患者さんたちは診察以外に、
職場や家庭の問題、子供の進路相談まで、
あらゆる悩みを吐きつくして帰っていくのが常でした。

さながら医院は「よろず相談所」といったあんばい。

中には、ゆっくり話を聞いてもらうために
診察の順番を譲って一番最後に回り、
夜中の1時、2時までも話し込んでゆく人もあります。

ある夜、最後の婦人患者を送り出して
部屋に戻ってきた祖母が座り込んで涙を流しています。

「どうしたの?」と聞く娘(私の母です)。

「今の人、一人息子が戦死して、
 昨日、英霊で帰ってきたんやて」

「お気の毒に」

「娘もおらん。本当の一人っ子やがな。
 それで、遺骨持ってきてくれた軍の人や近所の人も集まって、
 坊さんにお経あげてもらって、お通夜やったんやけど、
 終わって、皆帰ってしもうて、夫婦二人きりになった時、
 息子がどんな姿になったかと思うて、遺骨の箱、
 開けてみたんやて」

「ムリないわな」

「白木の箱がえろう軽うておかしいとは思たけど、
 開けてみたら中にまた、小さい箱が入ってたって。
 そんで、かわいそうに、息子はこんな小さな箱に入るほどしか
 骨も拾うてもらえなんだか思いながら開けたら、
 また、中にも一つ箱が入っていて……」

スポンサーリンク




↓Facebookの続きは、こちらからどうぞ↓

けたら、中にはまんじゅうが一つ入っとったんやて」

「まんじゅう?」

「ああ、むしまんじゅう。葬式まんじゅういうやつさ。
 激戦で遺体はひろえなんだから髪の毛とか、
 遺品とかいうのならわかるけど、
 まんじゅうとはどんな意味やろ言うて、
 夫婦とも首をひねったけどわからん。
 
 ひょっとして、中に小さい骨でも粉にして
 入れてあるかもしれんいうて割ってみた。
 見たところ、普通のあんこや。
 また割ってみたが何も入っとらん。
 お父ちゃんがちょっとかじってみた。
 あんこの味しかせえへん。
 どっかに何か入っとるかもとお母さんも一口、食べてみた。
 
 ただのまんじゅうや。
 そんでも他のところにとまた、一口かじり、
 ひょっとしたらとかけらを食べ、で割っては食べ、かじっては食べ、
 とうとうお父ちゃんと二人で息子を食べてしまいましたって。
 
 その話、聞いてるうちに気の毒で涙が出てきたけど、
 一方でおかしくって、おかしくって、
 笑うわけにはいかんし、涙だけは流して、笑う方はこらえて。
 その苦しかったことというたら!」

祖母は語り終えてまだ、笑いをこらえて?
涙を流し続けていたそうです。

こんなこともあった時代が二度と来ないよう、
70年の平和の今、深く思うのです。

シェアする

人気記事ランキング


no image
大谷翔平 サヨナラ満塁弾「40-40」達成 史上6人目

またまた大谷翔平選手がやりました! 大リーグ、ドジャースの大谷

no image
【スウィートメモリー】松田聖子

決して思い出は甘いものばかりじゃないけど、 ♬失った夢だけが美しく見

no image
【前略おふくろ様】秀次先輩への複雑な気持

さぶちゃんは、チンピラとちょっとした諍いを起こし、 バックにいるゴク

no image
【また逢う日まで】尾崎紀世彦

歌唱力抜群のこの人が、この曲でテレビに出始めたのが1971年でした。

no image
【トランプへの銃撃】 米ペンシルベニア州で演説中に発砲音 

アメリカのトランプ前大統領が選挙集会を行っていた会場で、 複数回の発

→もっと見る

  • まだデータがありません。

CLOSE
CLOSE
PAGE TOP ↑