戦時中、”よろず”医院だった祖母の泣き笑い

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戦時中、”よろず”医院だった祖母の泣き笑い

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の祖母は、昭和20年3月まで、
大阪で内科・小児科・産婦人科の医院を開業していました。

当時は健康保険もありましたが、
今のような3分診察ではなく、患者さんたちは診察以外に、
職場や家庭の問題、子供の進路相談まで、
あらゆる悩みを吐きつくして帰っていくのが常でした。

さながら医院は「よろず相談所」といったあんばい。

中には、ゆっくり話を聞いてもらうために
診察の順番を譲って一番最後に回り、
夜中の1時、2時までも話し込んでゆく人もあります。

ある夜、最後の婦人患者を送り出して
部屋に戻ってきた祖母が座り込んで涙を流しています。

「どうしたの?」と聞く娘(私の母です)。

「今の人、一人息子が戦死して、
 昨日、英霊で帰ってきたんやて」

「お気の毒に」

「娘もおらん。本当の一人っ子やがな。
 それで、遺骨持ってきてくれた軍の人や近所の人も集まって、
 坊さんにお経あげてもらって、お通夜やったんやけど、
 終わって、皆帰ってしもうて、夫婦二人きりになった時、
 息子がどんな姿になったかと思うて、遺骨の箱、
 開けてみたんやて」

「ムリないわな」

「白木の箱がえろう軽うておかしいとは思たけど、
 開けてみたら中にまた、小さい箱が入ってたって。
 そんで、かわいそうに、息子はこんな小さな箱に入るほどしか
 骨も拾うてもらえなんだか思いながら開けたら、
 また、中にも一つ箱が入っていて……」

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けたら、中にはまんじゅうが一つ入っとったんやて」

「まんじゅう?」

「ああ、むしまんじゅう。葬式まんじゅういうやつさ。
 激戦で遺体はひろえなんだから髪の毛とか、
 遺品とかいうのならわかるけど、
 まんじゅうとはどんな意味やろ言うて、
 夫婦とも首をひねったけどわからん。
 
 ひょっとして、中に小さい骨でも粉にして
 入れてあるかもしれんいうて割ってみた。
 見たところ、普通のあんこや。
 また割ってみたが何も入っとらん。
 お父ちゃんがちょっとかじってみた。
 あんこの味しかせえへん。
 どっかに何か入っとるかもとお母さんも一口、食べてみた。
 
 ただのまんじゅうや。
 そんでも他のところにとまた、一口かじり、
 ひょっとしたらとかけらを食べ、で割っては食べ、かじっては食べ、
 とうとうお父ちゃんと二人で息子を食べてしまいましたって。
 
 その話、聞いてるうちに気の毒で涙が出てきたけど、
 一方でおかしくって、おかしくって、
 笑うわけにはいかんし、涙だけは流して、笑う方はこらえて。
 その苦しかったことというたら!」

祖母は語り終えてまだ、笑いをこらえて?
涙を流し続けていたそうです。

こんなこともあった時代が二度と来ないよう、
70年の平和の今、深く思うのです。

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