18歳の回天特攻隊員の遺書

太平洋戦争末期、最初の特攻兵器として開発された人間魚雷である「回天」。
「天を回らし、戦局を逆転させる」という願いを込められて命名されました。
八丈島で終戦を迎えたKさんは、「特攻最後の証言」の中で、
若者たちが、自主的に特攻に臨もうとする心情をこう説明しています。
「日本はもう防波堤のない状態になっていました。
アメリカはいつでも日本本土に上陸できる。
もし本土で陸上戦闘になれば、日本の国民も国土も文化も
全てが失われると思いました。
人間魚雷の一言で、
これこそアメリカの上陸を阻止しなければと思いました。
我々は命を失わなければならないが、
その代わりに千倍、何千倍の日本人が生き残る。
それができるなら命は惜しくないと、その瞬間に悟りました」
このような背景を踏まえて、たった18歳で人間魚雷「回天」により、
散っていった特攻隊員の手紙をご紹介します。
お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。
胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら、
少し寂しくなってきました。それは、今日私が戦死した通知が届く。
お父さんは男だからわかっていただけると思います。
が、お母さん。
お母さんは女だから、優しいから、涙が出るのでありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。
お母さん。
こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。
しかしお母さん。
考えて見てください>>>
↓Facebookの続きは、こちらからどうぞ↓
18歳の少年の手紙は続きます。
しかしお母さん。
考えて見てください。
今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、
この世の中で一番好だった母さんが死なれるから私が行くのですよ。母さん。
今日私が特攻隊で行かなければ、
年をとられたお父さんまで、銃をとるようになりますよ。だからね。お母さん。
今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。
でもやっぱりだめだろうな。
お母さんは優しい人だったから。
お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。
私が一番怖いのは、母さんの涙です。
もしこのお手紙がご両親の手に届いていたのなら、
少年の親として、とりわけお母さまの悲しみの深さはいかばかりかと偲ばれます。
人気記事ランキング
【お馴染み日体大の集団行動】海上自衛隊とともにスイスへ
【イラッとする話】知人がカラオケに行きたいというのでついていき、前払い4300円だったのでお互い2000円出した。小銭がなかったので自分がさらに1000円出して会計。すると知人が…
【DQN親族】義弟嫁の親が要介護になったとかで、義弟家の子供をうちで面倒見て欲しいって言われた。いつまでとかはわからないらしいいからお断りしたのに、義弟嫁が毎日電話してきて困る。
【キチ親子】いつも行くスーパーには、よくあるキチ親子が出現していた。母親が買い物中、ガキはスーパー内を駆けずり回り、陳列棚にぶつかって商品をばらまくことも。ひどい時は総菜コーナーの試食品ではない商品まで食べ散らかしたので、顔見知りの店長に伝えて、その店長が親子に厳重注意してくれたら大人しくなったが、新店長になったら……
【不倫】相談させてください。俺にはもったいないほど出来た妻がいるけれど、彼女もいます。彼女のことが大好きで 妻と別れようと思っています。妻にどう離婚を打ち明けたらいいでしょう?
【託児】小5の姪を預かってるんだけど、発達障害を疑うような行動が目立つ。まだハイハイしてるうちの子供にバックドロップしたり手を踏んでも気付かなかったり…。でもうちで預からないと…。
【最低な姑】普段から、事故や病気で体が不自由な人に対してナチュラルに差別するモラハラ姑。私に子供が生まれた時、先天性の遺伝障害が判明し、大姑の米寿の時にみんなに報告したら姑が発狂した。散々罵倒され涙ながらに「両親共に因子を持ってないと出ない」と説明したが他の男の子供だとまで言われた。そしたら大姑がポツリと…。
こんなとき泣ければいいのに・・[エロ体験]
【修羅場】私は小学生の頃から、両親が共働きの従姉妹の家に毎日遊びに行って、ご飯を作ったり、ゲームをして遊んでた。従姉妹には双子の妹がいたんだけど、ある日その片方が亡くなった……
【エネ夫】旦那が義実家の店の連帯保証人だった!私には親を嫌うそぶりを見せ、親の前では「親を楽させたいから、俺の言うことを聞く女と結婚した」と吹いていたらしい。旦那が異世界の人に見える・・・ -
-
学校へ行こう!体操男子、山室光史@少年の頃
山室くん、すごくいい子です。 校長先生は、グッときます。 山室くん、夢を叶えてくれよ。 その後の山室
-
-
【私はエイズの感染者です】私に触れてくれますか?
HIVに感染している男性が、 「私に触れてくれますか?」と書いた紙を掲げて、 人混みの中に立ちました
-
-
高崎山の猿に学びたい人間の子育ての精神
高崎山で30年間ガイドをしてこられた 松井猛さんという方がいます。 松井さんは一般企業を辞めて高崎
-
-
今日もお友達からの手紙が来てるよ
海外での話です。 元気で明るく、学校も友達のことも大好きな女の子がいました。 しかし、ある難病にか
-
-
手料理はもう一つの故郷になる
遠くで働くアナタの息子さん娘さんが、 アナタの手作りお弁当を懐かしんでいます。 西友のCMです。 故







