【柔道・古賀稔彦さん死去】バルセロナ五輪で金メダル
「平成の三四郎」と呼ばれた、
1992年バルセロナオリンピック柔道金メダリスト・
古賀稔彦さんが24日朝、亡くなりました。
53歳でした。
古賀さんは豪快な一本背負いを得意とし、
その姿から「平成の三四郎」という異名で活躍しました。
バルセロナオリンピックでは
左ひざを負傷しながらも奇跡的な金メダル。
現在は環太平洋大学で監督を務める傍ら、
全日本柔道連盟女子強化委員として
東京オリンピックへ向けた活動もしていました。
動画をどうぞ>>>
↓Facebookの続きは、こちらからどうぞ↓
(画面が見にくい場合は、横にして下さい)
人気記事ランキング
- 【いつもありがとう】手話でハッピーバースデー♪
- 【甲子園 アナザーストーリー】挫折球児が輝く場所
- 遭難しかけた妻が車の中で複数の男に襲われた
- 【ひたすらにキモイ】夫婦そろって不妊が発覚したとたん旦那が幼児退行した。服も自分じゃ脱がなくなり、お弁当にはふりかけ必須。ある日、お弁当に卵焼きを入れたのにノリタマをつけてしまったら、会社を早退してきて大暴れしたので、耐えられなくなってそのまま離婚に持ち込んだ。そしてその後来たロミオメールがこちら…。こいつ何も分かっちゃいねぇ…。
- 【少し考えさせられるタイCM】スマホよりスキン
-
【桃ちゃん、浦ちゃん】au発表会で登壇
CMの裏話も出ました。 浦ちゃんがタコに乗って、 空に舞う場面、あれほんとにやってたんですね。 楽し
-
【大声で歌う、杉谷拳士の『国歌熱唱』】
日ハムの杉谷選手は、明るい性格のムードメーカーです。 バッティングの時も、大声を上げて打つこ
-
もう一度 竹内まりや 【永野芽郁フォトムービー】
「もう一度」という曲は、竹内まりやさんの 20代後半の作品でした。 山下達郎さんと結婚して、
-
【史上最高にラッキーな人達!】カメラが捉えた衝撃の瞬間
世の中には、紙一重で一瞬先は闇。 かと思えば、そのまた先に光が見えたり。 吉と思ってたことが凶と出た
-
【ある豊かな家族の風景】大正末期の8ミリ映像
大正時代に8ミリカメラで撮影してますから、 かなりの裕福な家庭だったのですね。 作者の母の母親の実家